ムーサ ピアノスクールのブログを、こまくさ音楽教室のブログと統合し、移転します。
「こまくさ音楽教室・ムーサ ピアノスクールの広場」へお越しください。
https://ameblo.jp/astarte78
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昨日、稲田つづると、水野はるかのコンサートを開きました。
二人とも、十年来のムーサ ピアノスクールの生徒さんです。
この4月から、稲田さんが東京の音楽学校へ進学するため、教室の卒業コンサートを企画しました。
はじめはお世話になった方や、お友達を招いて、聴いていただこうと思っていたのですが、
新聞で紹介していただいたりして、だんだん話が大きくなり、とうとう小ホールではお客様が入りきれないほどの大盛況になってしまいました。
会場内が定員オーバーになったため、急遽ロビーや練習室に椅子を並べて、モニターで視聴していただくことになりました。せっかく足を運んで下さったお客様たちに生で聴いていただくことができず、本当に申し訳なく思っております。
演奏がはじまると、多くのファンの方が「息をのんで」「釘付けになって」聴き入って下さったそうです。皆さんに喜んでいただけて、本当に良かったと思います。
水野さんは、ショパンコンクール・インアジアの全国大会で奨励賞を受賞したワルツの1番や、長野県ピアノコンクールで「大賞」を受けたペートーヴェンのヴァリエーションなど、
稲田さんは。ラフマニノフ国際ピアノコンクールでラフマニノフ賞を受賞した前奏曲や、音楽高校の受験に合格したリストの「ため息」など、それぞれ思い出のある曲を、心を込めて演奏しました。
演奏者の純粋な音楽への情熱が伝わり、皆様の感動と励ましがまた演奏者に伝わり、ステージと客席の間に大きな共振が起こりました。それがまた輪を描いて大きな共鳴になって広がりました。
これこそが「音楽の力」ですね!
2時間20分に渡るコンサートを、最後までお聴き下さったお客様方に感謝を申し上げます!
はじめてのコンサートを立派にやり遂げた、若き二人に賞賛を贈ります!
おめでとうございます!!
生徒さんの澤柳さんのお父様はファッションデザイナーで、シンクス アースというブランドを持っていらっしゃいます。
シンクス アースの服は100%自然素材で、着古した後には土に還ります。
服を所有せず、地球に還す という全く新しい循環型ライフスタイルを目指しています。
服を作っている資源は誰のものでもなく、地球の資源を使わせてもらっているという考え方です。
最終的にはモノを手放していけるような流れが作れないだろうか、と澤柳さんは語ります。
購入方法も、通常の方法のほか、着古せば回収する「循環購入」という方法も選択できます。
これは今までの化学薬品にまみれ、大量のモノを所有し、消費するという社会からの脱却として、
すばらしい取り組みだと思います。
澤柳さんは世界のファッション業界を変えようとして行動していらっしゃいます。
ぜひ応援したいと思います!
澤柳さんのお母様も、ジュエリーデザイナーでいらっしゃいます。
su.ジュエリーで検索できます。
シンプルで素敵なジュエリーをどうぞご覧になってみてください。
クリエイティブなお父様・お母様です。
どうぞよろしくお願いいたします!
3月になってから雪が多く、昨日もまた雪でした。
レッスンが終わってから、ムーサ ピアノスクールの周りを少し雪かきし、
帰りに こまくさ音楽教室の周りを雪かきして、自宅へ戻ってくると、
自宅の周りは坂が多く、雪も平地より深くなって、帰宅が困難な状況です。
やっとのことで家の近くにたどり着くと、何とどなたかが自宅の前の坂道を雪かきしてくれているではありませんか!
それは何と生徒さんのRくんと、お母様のお二人でした!
お二人で夜九時頃の寒い雪の中、私の車が通れるようにして下さっていたのです。
なんと有難いことでしょう!!
本当に口で言い表せないほど感動して、感謝でいっぱいになりました。
雪かきをしてくださるだけでも凄いことですが、実はこの日、雪のために松本市北部が停電になり、
Rくんのお宅も停電してしまったのです。
そんな、ご自分も被災しながら、他の人を助けに来て下さるなんて、並大抵のことではありません。
こんなに素晴らしい方が身近にいらっしゃることに感動して、涙が出ました。
お二人のおかげで、無事に帰宅することができました。
以前にもOくんのお父様が雪かきして下さったことがありました。
いつも皆様に助けていただいて、どうもありがとうございます!
生徒さんの演奏を聴いて感動したり、助けていただいて感謝したり、
ここは天国ではないかと思うことが多々あります!
生徒さんたちのおかげで、幸せを沢山いただいております。
生徒の稲田さんと水野さんが17日にコンサートを開きますが、それに先駆けて公開リハーサルを行ないました。
松本はスズキ・メソード発祥の地で、創始者の鈴木慎一先生の居宅が、現在は記念館になっています。
そこで公開リハーサルを行なっても良いというお声がけをいただき、実現する運びとなりました。
ふたりのリハーサル風景です。
ここは鈴木慎一先生のレッスン室だったところで、このピアノも先生が使っていらしたものです。
(内部はリペアされています)
ふたりの初めてのコンサートなのに、50人近いお客様がいらして下さり、「楽しかった」「感動した」というお声をいただきました。
お客様に喜んでいただけるのが何よりですね。
ふたりとも初めてとは思えない落ち着きで、美しく卓越した演奏でした。
鈴木慎一先生の記念碑の前で。
「どの子も育つ。育て方ひとつで」と刻まれています。
スズキ・メソードの神髄ですね。
お疲れさまでした!
認知神経科学者のフリューホルツの研究によると、生演奏は録音された音楽とは異なり、主にポジティブな脳と知覚を結びつけることがわかりました。
また生演奏中のピアニストとリスナーの間には、神経レベルで同調が起きているそうです。
これはすごいですね!
私達は音楽を聴いていて、生演奏と録音では聞こえ方が違うことは実感しています。
それは生演奏の時は、音楽と私達の脳活動が同調しているからだったのです!
私達は生演奏が聴きたくなり、生演奏で感動します。
それは脳が同調するからであり、また胸部や腹部や、手足や全身で音楽を受け取っているからなのですね。なるほど~
桐朋学園の調布キャンパスで、今年桐朋の高校に合格した生徒さんが演奏会に出演するため、聴きに行ってきました。
この8番教室は、10年ぐらい前にベーゼンドルファーが備えられたときに、聴きに行ったのですが、なんだか10年があっという間で、おそろしくなります。
先生方それぞれの門下生による「木の香りコンサート」が開かれています。
高校入学の生徒さんは、大学生に劣らない立派な演奏を聴かせてくれました。
これで生徒さんは桐朋の先生にお願いすることになり、私の教室を去るので淋しい限りですが、私の後輩になってくれたので、これからは先輩後輩になって嬉しく思います。
構内はははこんな感じ。
学校からの貼り紙や、図書などがあって、懐かしい雰囲気です。
学生時代の精神が甦りますね。
これまでずっと音楽を続けて来られて有難く、幸せに思います!
欧米と東アジアで同じ曲を聴いた時、身体のどこで音楽を感じるかの回答を調査した研究があります。
その結果、文化の違いに関係なく共通して、優しい曲や悲しい曲は「胸部や頭部で感じ」、
不気味な曲は「腹部で感じた」そうです。
ハッピーで踊りたくなるような曲は、全身(とくに手足)に感覚をもたらし、
攻撃的な曲は頭部を中心に全身に影響することがわかりました。
実感されますでしょうか?
フランスの作曲家ママンと、生物学者グリマルの研究によると、音の振動数を400~480ヘルツにすると、体内のがん細胞がその音に耐えきれず、膨らんで崩壊してしまったという研究があります。
細胞に30~40デシベルでさまざまな音を聞かせていった際、上記の反応が顕微鏡下で観察されたそうです。
音源としては、ギター、木琴、銅鑼など、色々なものが使われましたが、最も効果的だったのは、「人間の声」だそうです!
やはり「人間の声」はすごいですね。
440~480ヘルツというのは、音階のラから、シのフラットに当たります。
この高さの声を出していると良いのですね。
鼻歌も良いと思いますよ。
鼻歌は健康に良いそうです。
ストレスをやわらげ、呼吸を楽にし、血圧を下げ、気分を高揚させるなどの効果があるそうです。
オーストラリアのボンド大学博士研究員ジェマ・ペリーと、ボンド大学社会・デザイン学部教授ウィリアム・フォード・トンプソンは、サイトThe Conversationにて、鼻歌は健康に良いという理由を紹介しています。
鼻歌を歌うとき、口を閉じて振動音を出しますが、この振動が、副交感神経の一部である迷走神経を刺激します。この神経系は、心拍数、消化、呼吸などの機能を落ち着かせ、回復させるものです。
鼻歌を歌うと、心拍数が減少し、心拍変動は増加します。
心拍変動が大きいほど、健康状態が良好なのです。
鼻歌を歌うと、振動する音波が副鼻腔にも影響を与え、花の中の一酸化窒素レペルが上がります。
一酸化窒素は、脳や免疫機能から肺への血流などに関与しています。
鼻歌はまた、精神的な効果も高く、自分を離れたところから見つめたり、身体への意識が高まったりします。
ある活動に没頭し、深く集中することを助けます。そしてストレスを軽減します。
鼻歌(ハミング)には良いことが沢山ありそうです!
鼻歌を歌いましょう!
そうよ~
10月に、こまくさ音楽教室の発表会を、
11月にムーサ ピアノスクールの発表会を、音文のメインホールで行ないました。
年々生徒の皆さんが上達しているのを、嬉しく聴かせていただきました。
生徒さんがピアノを弾くと周りの人が喜びます。その喜びがまたその周りの人に伝わります。そして世界に伝わりますよというお話をしたら、本当に皆さん一生懸命弾いてくれました!
本当に喜びが伝わっていますよ~!
そして最後に「ひとの幸せを祈るようにピアノを弾いてほしい」と言いました。
結局、その幸せが自分に返ってくるからですね。
私も自作品を演奏しました。
終わってから打ち上げです
記念品は対馬さん手作りのお人形です!
皆様お疲れさまでした! また来年に向けて進みましょう!
9月17日に、ミューザ川崎で「全国新聞社音楽コンクール 上位入賞者演奏会」があり、昨年長野県ピアノコンクールで大賞を受賞した水野さんが出演したため、聴きに行ってきました。
ミューザはパイプオルガンがある大ホールで、7角形のような複雑な設計から成る素晴らしい空間です。
全国からトップレベルのジュニアが集まる中、水野さんは長野代表として参加し、磨かれた技術と音楽性で堂々とした演奏を響かせてくれました。
幼稚園の時から10年以上レッスンに通ってくれているので、本当に感慨深く、嬉しいひとときでした。
私も一生懸命レッスンをしていますが、生徒さんからいただく幸せも多く、恵まれた人生だと思います。
生徒さんの将来に、ますます幸多く、大きくはばたかれますよう心より祈っております!
「笑いは健康に良い」と言われますが、笑い声が左側からきこえた方が、より強い影響があるそうです。音がきこえる方向が、人間の感情に影響を与えるという研究があります。
背後から迫ってくる音は、本能的な脅威となり、ネガティブな感情を引き起こします。
スイス工科大学ローザンヌ校のコスタ博士によると、「ポジティブな感情体験を引き起こす人間の発声は、聞き手の左側から発せられると、脳の聴覚野で強い活動を示します。この反応は、肯定的な発声が正面や右側から聞こえてきたときには起こりません。 しかし、無意味な母音や怯えた悲鳴のような、中立的あるいはネガティブな感情価を持つ音は、左側との関連性を示さないのです」とのことです。
人にポジティブなはたらきかけをしたい時は、相手の左側に座って、左耳に語りかけるようにすると、好意的な反応が得られるということですね。
ピアノのレッスンでは、生徒さんの左側に座る先生が多いと思いますが、これはとても理にかなった位置だということがわかりました!
私も生徒さんの左側に座っています。\(^o^)/
7月17日に東京のオペラシティで日本音楽舞踊会議の60周年記念コンサートがあり、
私も自作曲の演奏で参加しました。
60年もの間、音楽の団体を続けるのは並大抵のことではありません。
日本における音楽の発展と振興のために皆さんが多大な努力をしています。
オペラシティです
私の自作曲は「真珠のうた」。
今年の1月から2月にかけて作った新作で、フルートとピアノのための曲です。
「真珠のうた」は中近東の伝説で、光の国に住んでいた王子が、一粒の真珠を探すために旅へ出て、旅先の楽しさに捉えられて旅の目的を見失いつつも、母からのメッセージにより本来の目的を取り戻し、竜との戦いの末、真珠を取り戻して光の国へ帰還するという物語です。
この王子とは、私達人間のことを指しています。
人間はみな、心の中に高貴な真珠を持っているのですね。
この衣装は、昨年亡くなった母の黒留袖をリメイクしたものです。
60周年おめでとうございます!
7月9日に、諏訪の「ハーモ美術館」で、コンクールを受ける生徒さんのリハーサルを行ないました。
ハーモ美術館にはベーゼンドルファーがあります。
美術館ではとても良く響きます。
周りに絵が飾られているところで演奏するのは最高です!
ちょうどマチスとシャガールの版画が展示されていました。
有名なイカロスですね。
小さな生徒さんも大きなピアノを堂々と演奏します。
2階にも席があり、上から見ると演奏者はこのように見えます。
良いアングルですね!
演奏後に、諏訪湖畔のレストランで、みんなでお食事をしました。
ご家族同士の交流や情報交換もできて、とても良い機会でした。
音楽と絵画と食事の、楽しい一日でした!
シューベルトの即興曲 第3番 D935 OP.142ー3は変奏曲になっていますが、
最初のテーマは「ロザムンデ」のテーマです。
ロザムンデはキプロスの王女で、この王女の物語にシューベルトは劇音楽を作っています。
さらに、弦楽四重奏の13番にもロザムンデのテーマが入っています。
シューベルトは、この「ロザムンデ」のテーマをこよなく愛し、生涯に渡って響かせていたのですね。
「キプロスの王女ロザムンデ」の物語は、ロザムンデが2歳の時に父王が死に、貧しい船乗りの未亡人に預けられます。18歳になった時に、ロザムンデの生い立ちを知る市長が、彼女が正当な王位継承者であることを宣言します。
しかし、それまで代理の統治者であった者が、その地位を守るためにロザムンデと結婚しようとしますが、失敗します。結婚できないならばと、ロザムンデを暗殺しようとしますが、それを防いだのがマンフレートという若者で、彼はロザムンデが小さい頃から婚約者に定められていた隣国の王子でした。
そしてロザムンデと王子は結婚します。
これは世界の神話や伝説に広く見られる「貴種流離譚」ですね。
もとは高貴な生まれだったものが捨てられて、身分の低いものに養われるが、やがて本来の血筋に復活して、高い身分に戻るというパターンです。
シューベルトは、この貴種流離譚に惹かれていたのでしょうか?
思えば、人間は皆、本来自分の中に高貴な本質を持っているのですから、このような貴種譚は人間の普遍的な物語であるとも言えます。シューベルトはそれを訴えたかったのでしょうか。
シューベルトは音楽家の中でも、大変純粋な魂の持ち主ですからね。
即興曲の3番、ロザムンデのテーマを弾いてみてくださいね。
あがたの森の、旧制松本高校校舎で「6月の小さな音楽会」を行ないました。
こまくさ音楽教室とムーサピアノスクールの、幼稚園から小学校二年生までの、小さな生徒さんたちの発表会です。
発表会は初めての生徒さんもいましたが、みんな上手に弾けたので、感心してしまいました。
ふだんのレッスン風景とは違って、皆さんしっかりしているので、やはり子どもたちの力はすごいなと頼もしく思いました。
暑い中、先生方も大変良くお世話をして下さいました。
今まではコロナのために「6月の小さな音楽会」ができなかったので、なんと4年ぶりの開催でした。
久しぶりでしたが、この後、全員の生徒さんが上達とていたので、やはり来年も開催したいと思います。
この日はちょうど「父の日」でした。
いつも生徒さんがピアノに通えるようにお力添えを下さいまして、どうもありがとうございます!
お父様のおかげで、みんなピアノを習うことができて幸せですね! もちろんお母様も、ありがとうございます!
ある日、生徒さんからお電話がありました。
なんと、おうちの前に小さな猫の赤ちゃんがいて、どうしたらよいでしょう?とのこと。
その日は寒くて雨も降っていたので、すぐにタオルにくるんだカイロで温めて、箱に入れて連れてきてもらいました。
まだ生まれて4週間ぐらいで、ミルクを飲ませる必要がある赤ちゃんです。
うちには猫用の粉ミルクはありますが哺乳瓶がないので、急いでスポイトを買ってきてミルクを飲ませました。
でも誰か飼ってくれる人を探さなければならないので、知り合いの保護活動をしている方に相談してみると、なんとちょうど猫を飼いたい人がいるとのことで、その人に渡すまでのあいだ預かって下さることになりました。なんてラッキーなことでしょう!!
超ラッキーな子猫ちゃん!
はじめは300グラムぐらいのちびさんでしたが、今は700グラムになったそうです。
風邪をひいて目やにが出ていたのも治り、もうすぐ飼い主さんに譲渡されます。
アメショーが入っていますね。立派なきれいな猫になると思います。
あの日、生徒さんに見つけられて、拾われて良かったね!
生徒さん、ちびさんを助けいくれて、連れてきてくれてありがとう!
ちびさん、うんと幸せになってね!!
保ポーランドには5つのナショナルダンスがあり、ポロネーズはその中のひとつですが、ポロネーズという名前だけはフランス語です。
ポロネーズの起源は、16世紀にポーランドとリトアニアが統合されて共和国となった時代に遡ります。
ポーランド・リトアニアは外国人の王によって統治されることになり、はじめに選ばれたのはフランスのアンリ三世でした。
17世紀の終わりから18世紀のはじめにかけて、ザクセン選帝侯がポーランド国王を兼ねることになり、アウグスト二世となりました。
アウグスト二世は芸術や文化を大切にしていたので、ザクセンの首都ドレスデンとワルシャワに美しい宮殿を造り、音楽や舞踊を発展させました。
このワルシャワとドレスデンの文化交流の影響を受けたのがバッハで、ドレスデンの宮廷舞踊ポロネーズがバッハに受け継がれているようです。
ポーランド式行列ダンスであるポロネーズは、17世紀には存在していたと考えられ、18世紀の初めにはアウグスト二世の宮廷で踊られ、宮廷を訪れた貴族たちによってヨーロッパ全土に広まりました。
アウグスト二世はポーランド文化を好み、尊重していたので、ポーランドの人々から信頼されるようになりました。
ドレスデンで花開いたポロネーズが、のちにショパンによって発展し、結実したというわけですね。
ポロネーズの数奇な運命には、感慨深いものがあります。
ある日、北青山を歩いていたら、なんと通りがかりにスタインウェイのお店を発見!
え、こんなところにスタインウェイがあったとは!
さっそく店内を拝見します。
おおっ、スタちゃんが並んでいますね。
ここは青山通りから少し入ったところで、なんと以前に祖母が住んでいたところの至近なので、びっくり仰天しました!
店内で伺ってみると、ここはスタインウェイジャパンの直営店で、2年前にオープンしたとのこと。
コロナ下でオープンするとは、さすがですね。
今までの天王洲アイルよりアクセスの良い青山へ移転したそうです。
どうして今まで知らなかったのかしらん。
天王洲アイルは、セレクションセンターになっているようです。
ルネ・ラリックもあります。
譜面台の角のところに、3つのガラスが付いていて可愛いんですよね。
思いがけず、スタインウェイさんに遭遇して、嬉しい驚きでした。
帰りは表参道をぶらぶら歩いて、お上りさんを楽しみました。
今年のお花見は、京都へ行きました。
久しぶりの「哲学の小道」は、桜が大きく育っていて、見ごたえがありました。
南禅寺の桜もすばらしい。
この東山界隈は、水墨画・茶道・能楽・建築様式など、日本文化の元が生まれた場所です。
日本文化の特徴は、「簡素なものに美を見出す」という考え方にあります。
確かに、西洋文化とは違いますね。
南禅寺を出て右へ行くと、琵琶湖から水を引いた疎水の遊覧船乗り場があります。
船から眺める桜は、最高に雅な趣がありました。
帰ってくると、また松本でお花見。
奈良井川べりのカフェのテラスは、北アルプスと桜の絶景でした!
まるで極楽!!
友人のわんちゃんと一緒です。
ランチのあいだ、おりこうさんに待っててくれます。
それから城山公園をお散歩。
外人さんから「シバイヌ!」と言われるので、柴犬って有名なんだなと思いましたが、
最近ツイッターのアイコンが青い鳥からシバイヌに変わったので、人気急上昇なのかもしれませんね。
これぞシバイヌ!でございます。
天王星を発見した音楽家
ハーシェルは、ドイツのハノーファーの音楽一家に生まれ、オーボエとヴァイオリン、オルガンを習得して、父と同じ音楽の道に進みました。
1758年、20才のハーシェルは、フランスとの戦争から逃れてロンドンへ渡り、音楽教師や演奏家として働きました。
やがて彼は音響学と数学の関係について研究し、その関心は物理学、光学、そして天文学へと進んで行きました。
そして自分の使命は音楽よりも「天の構造」を知ることと定め、妹のカロラインと共に天文学の研究を行ないました。
自分で改良した望遠鏡を使い、太陽系の外にある恒星や星雲を初めて体系的に観測し、近代的な天文学の方向性を築きました。
1781年、ついにハーシェルは天王星を発見します。
天王星は、音楽家によって発見されたのです!
生徒さんの対馬さんが、黒板アートの個展を開催なさいました。
対馬さんはお人形作家なのですが、絵を描いたり、フランス語を習ったり、色々なことを積極的に続けていらっしゃいます。
今度はまた新しく「黒板アート」をなさっているとのことで、さっそく個展へ伺いました。
すると、何と私の愛猫「もも」がいました!(5年前に天へ帰りました)
これは私のピアノの上に乗っているところですよ。(本当は乗っちゃいけないのに)
それに、半年前に天へ帰ったばかりの「みみ」もいました。
19才9ヶ月まで生きてくれた天使です。
なんと対馬さんが個展後に、この2枚の絵を下さいました。大感激です!!
写真よりも生きている感があり、実物のような目と被毛です。
最近では、こんな猫のお人形を側に置いています。
名前を呼ぶと、にゃーんと返事をして、しっぽを振ります。
お人形でも少しは慰められますね。
東京からバロックダンスの岩佐樹里先生をお招きして、バロックダンスの講座を行ないました。
はじめに先生のお話で、バロック時代の貴族はダンスが必須で、ダンスが踊れないと貴族をやめなければならない人もいたと伺いました。
それからみんなで、プレとサラバンド、メヌエットのステップを実習しました。
皆さんとても上手で、すぐにステップを踏みながら歩くことができました。
実際にやってみると、4拍目で次の1拍目(強拍)の準備をすることや、1拍目は背伸びをするので、上に上がる勢いがあることなどがわかり、とても面白い学びになりました。
バロック時代は今の音楽の基礎が作られた時代です。
踊ってみると、拍子やリズム、テンポのとり方がわかります。
皆様もぜひ踊ってみることをお勧めいたします!
ダンスの実習が終わると、お待ちかねの衣装体験コーナーです。
かわいいですね! お姫様です!
この時代の衣装はストレッチ布地など無いので、肩や腕が上がらないそうです。
ダンスでも手を上げる動作がありません。
そのままチェンバロも弾いていたのですね。
舞踏会へ行くご令嬢のようですね。
生徒さんが公民館のイベントで演奏したので、聴きに行きました。
近隣の方が集まる中、ベートーヴェンの交響曲5番をお父様と連弾し、またソロで「月光の曲」を弾きました。お父様も「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」でその場を沸かせ、最後に生徒さんが弾く「猫」にお父様がパーカーションで加わり、会場を盛り上げました。
とても良い選曲だったと思います。生徒さんも短い期間で、良く仕上げたと思います。
生徒さんたちは教室の中だけではなく、学校の合唱の伴奏をしたり、福祉施設でポランティア演奏をしたり、地元のケーブルテレビに呼ばれたり、ホテルのリニューアル記念で演奏するなど、様々な活躍をしています。
音楽の楽しさ、素晴らしさがどんどん伝わるように、みんながんばってね!!
この頃、心に残った言葉です。
「古代ギリシャでは音楽と体育が重視されていました。プラトンは音楽と体育が相互に捕捉しながら魂に働きかけ魂を調和すると述べました。」
チェコの大統領ハヴェルは、「音楽は人々の魂を呼び覚ますものとして世界を変えることに貢献できる」として、表現の自由の重要性を指摘しました。
小澤征爾さんの言葉「音楽を通して、僕らは同じ星に住む、同じ人間であることを感じて、みんなでひとつになれることを願う」
12月に母校の桐朋学園を訪れました。
生徒さんが教授のレッスンを受けるので、同行したのです。
桐朋には5才の時から音楽教室に入り、大学卒業まで17年間通いました。
卒業してから何度か行ったことはありますが、高校入学から数えて、なんと半世紀が経過!
幼稚園から数えると、もっと長くなります。
う~ん、信じられない・・・中身はぜんぜん変わっていないので。
先日も高校からの同級生のヴァイオリニストに会い、お互いに「中身は変わっていないんだけどね」と言い合ったばかりでした。
校舎は新しく建て替わっています。奥が新しいホール。
こちらはレッスン室のあるアネックス。
教授のレッスンは、大局的なことから細かいことまで、丁寧にみて下さいました。
やはりレッスン室のある音楽学校の雰囲気は好きですね。
学校の周りは昔よりもお店が増えて、便利な環境になりましたが、
高校~大学まで通った近くのバス停に佇んでみると、さすがに長い時の流れを感じて、浦島太郎のような気分になりました。
在学中は学校に行くのが当たり前で、何も特別なこととは感じませんでしたが、やはり母校ですから愛着はありますし、振り返ってみると偉大な母校ではあります。
最近はまた反田恭平さんや小林愛実さん、亀井聖矢さんなどのご活躍もすごいですね!
ますますの発展をお祈りいたします!
しばらくMac内のWindowsがハングしていたため、間が開きましたが、このほど復活しました。
昨年の長野県ピアノコンクールで、生徒さんが「大賞」を受賞したので、11月に松本市長さんを表敬訪問しました。
市役所の応接室は松本民芸家具の調度が揃えられて、落ち着いた雰囲気の中、生徒さんが受賞時のDVDを再生しながら、市長さんとお話をしました。
生徒さんは生徒会長をつとめているぐらいなので、実にはっきりとした話しぶりです。
なんと市長さんのお母様は小学校の音楽の先生でいらしたそうで、市長さん自身も小学校6年生までピアノを習っていたとのこと。とても親近感が湧きました。
市長さんから生徒さんへ「これから大きな花を咲かせて下さい」と激励されました。
生徒さんのおかげで貴重な経験をさせていただきました。
11月6日に「あづみ野コンサートホール」にて、ムーサ ピアノスクールの発表会を行ないました。
安曇野の田園風景の中、美しい木目のベーゼンドルファーで、皆さんがそれぞれの思いを込めて、大切に演奏してくれました。
皆さんの成長ぶりに涙するのはもちろんのことですが、皆さんの音楽に対する愛情が伝わってきて、とても心が暖かくなりました。
私も生徒の皆さんが大好きです!!
ゲスト演奏に、こまくさ音楽教室の小松星先生をお招きしました。
記念品は、対馬むつみさんが製作して下さった楽譜カバーです!
対馬さんはピアノの生徒さんでもあるのですが、長い間ピアノ教室を見守って下さっている「教室の母」のような方なのです。
ピアノ教室は、調律師さんや、お掃除の方や、色々な方に支えられています。
皆様のおかげで教室が続けられることを大変感謝しております!!
これからも音楽に対する愛が溢れる教室、人間同士の愛があふれる教室にしていきたいと思います!!
10月23日に、こまくさ音楽教室の発表会を開催しました。
今年も初めての発表会デビューが14名も参加しました。ようこそピアノの世界へ!
いつも小さい方たちの演奏には感動します。無心に弾いていらっしゃるからでしょうか。
皆さん一年間の成果を発表してくれて、その成長ぶりに先生方も影で涙していました。
小さい頃からピアノを習うと、知能指数が10%ぐらい高くなり、知能が発達するとされています。
そしてピアノを大切に弾くことによって、人にも優しくできるようになり、周囲と調和する精神性を養うことができるというお話をしました。
講師演奏は、こまくさ教室の小松星先生が、ショパンの英雄ポロネーズを弾いて下さいました。
先生方の演奏活動も、どうぞ応援してくださいね!
こまくさ音楽教室の前の横断歩道についてですが、
ご近所の方から、横断歩道を渡ろうとするときに、こまくさ教室へ入る車に妨害されたことがあり、危ないという苦情がありました。
そこでしばらく横断歩道のところに立って見てみると、確かに東側から来る車が右折して駐車場に入ろうとする時に、横断歩道も青になっている時があります。
時差式の信号なので、歩行者も車も青になっているのです。
この場合、どんなときでも横断歩道にいる歩行者が優先です。
車は横断歩道の手前で止まらなければなりません。
写真はイメージです。
それから3日後、こんどはムーサ ピアノスクールの前で、本当に自転車と車の衝突事故がありました。
幸い怪我はなかったようですが、警察が来て、長い間事情をきかれていました。
事故があると必ず車の方が責任が重くなりますし、違反の点数も付けられてしまいます。
そこで思ったのですが、
こまくさ教室に苦情が寄せられたのは、事故が起こりそうな危険な個所について、事前にお知らせしてくれた有り難い声なのではないかということです。
本当に事故が起こる前で良かったと思います。
教室の駐車場に「歩行者優先」のプレートを付けました。
いつ、いかなる時も歩行者優先で、安全運転で行きましょう!!
10月16日に、まつもと市民芸術館で日本クラシック音楽コンクールの本選があり、審査員をつとめました。受検した生徒さんが1名合格し、全国大会へ進みます。
他の会場で受検した生徒さん1名も、全国大会へ進みます。
全国大会は12月に東京で行なわれます。
楽しみですね。
10月に小布施へ行きました。
お目当ては、岩松院にある葛飾北斎の天井画を見ること。
思ったよりも大きくて20畳ほどもありました。
まだ色彩も褪せておらず、北斎89才のすさまじいパワーが伝わってきます。
なにしろ4回も江戸から小布施まで歩いて往復したというのも凄いですが、90才まで衰えることなく画業を続けたのですから、まさに超人です!
当時の平均年齢は45才ぐらいですから、今で言えば170才ぐらい!?
想像を絶する世界ですが、少しでもあやかりたいものです。
ぜひご覧ください!!
海外で一番有名な日本人は、葛飾北斎です。
北斎はヨーロッパのジャポニズムの元となり、モネやドビュッシーや多くの芸術家に影響を与えました。
小布施には北斎美術館もあり、海外からの観光客も訪れていました。
私達が海外の音楽家の旧跡へ詣でるのと同じですね。
北斎の晩年、小布施に高井鴻山というパトロンがいました。
裕福な酒屋の息子で、芸術を愛し、京都で画を学びました。
北斎に心酔した鴻山が、北斎を小布施に招いたことにより、岩松院の天井画が生まれたのでした。
高井鴻山の屋敷が記念館になっており、参観することができます。
10月1日には長野県ピアノコンクールの本選を聴きに、長野市芸術館へ行きました。
ムーサ ピアノスクールからは中学生が2人参加します。
3曲の課題曲の中から選んだそれぞれの曲を、皆さん自分の持ち味を活かしてすばらしい演奏を聴かせてくれました。
そしてピアノスクールの水野遥佳さんが最優秀賞を受賞!
それを喜んでいたところ、翌日になって、なんと「大賞」が決定したとのお知らせがありました!!
な、な、なんと大賞です!!
大賞というのは最優秀賞の更に上になり、毎年出るものではなく、今回は6年ぶりの受賞だそうです。
日頃の誠実さ、真剣さ、その努力が認められて、本当に良かったですね。
おめでとうございます!
これが大賞の賞状とトロフィーです。
幼稚園の時からレッスンして11年目です。
はじめは小さかったのに、こんなに立派になりました。(泪目)
先日、青山を歩いていたら、たまたま草月ホールの前を通りました。
懐かしい!!
ここは私が20代だった1980年代頃、現代音楽の牙城でした。憧れのお城だったのです。
近くのホールでコンサートを開いた後、草月ホールの前を通ると、いずれ絶対にここで演奏したい!と思いました。
その時には草月ホールで演奏できるアテなど全くなかったのですが、それからわずか1年後、ある演劇の中でモーツァルトを弾く役を与えられ、草月ホールに出演することになりました。私の願いは叶ったのです
!
それ以来、願望はきっと叶うと信じており、沢山の願いが叶って来ました。
いま見てもモダンな建築です。
気がつくと、2階に喫茶店があったので、早速上がりこんで、ちょっと休憩。
窓からは赤坂御所の緑が見えて、都会のオアシスそのものです。
青山~赤坂へお越しの際には、どうぞお立ち寄りください。
クイーン・メアリー大学とユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの科学者たちの新しい研究によると、自分で聴く曲を選ぶことができると、痛みをより減らすことができると報告しています。
これまでも音楽が痛み、とくに慢性的な痛みを和らげる力があることは明らかになっていましたが、自分で音楽を選ぶことによって、さらに効果的であることがわかりました。
実験の参加者のアンケートによると、自分が音楽をコントロールできていると思った参加者は、他の参加者よりも強い痛みの緩和を経験していました。
そして、日常生活でより積極的に音楽に関わっている人は、音楽をコントロールしているという感覚を持つことで、さらに強い痛みの緩和を得ていることもわかりました。
音楽を選ぶことと、音楽に積極的に関わることによって、痛みが緩和されることがわかったのですが、それは経験的に多くの人が感じていることなのではないでしょうか?
さらに言えば、痛みだけではなく、私達は音楽から様々な恩恵を受けていると思います。
本当に音楽ってありがたいですね!!
5月8日に飯山で山本貴志さんのリサイタルがありました。
飯山は長野県の北の方にあり、行くのは初めてです。
長野駅から新幹線「はくたか」に乗り、遠足気分でした。
飯山には大きな街はないのですが、新幹線の立派な駅があり、駅の近くにまた立派な「なちゅら」というホールがあります。
「なちゅら」は隈研吾さんの設計だそうで、ふんだんに木が使われています。
隈研吾さんといえば、2019年に東京のオリンピックスタジアムを設計したことで有名ですが、2016年には桐朋学園の新校舎も設計しています。
山本貴志さんのリサイタルは、当初はショパンとラフマニノフのプログラムだったのですが、後援しているポーランド広報文化センターの意向により、ラフマニノフの演奏は不可ということになり、山本さんの熟慮の結果、オールショパンプログラムで行なわれました。
このような自然豊かな飯山の地にまで、ウクライナの影響が及ぶのも驚きで残念なことですが、とにかく一日も早く紛争が終結してほしいと思います。
山本さんの演奏は、いつにも増してショパンへの愛に溢れる名演奏でした。
会場で山本さんが運指を書き込まれたポロネーズの楽譜を販売していたので、早速購入し、終演後山本さんにサインしていただきました。
ピアニストの運指というのは大変参考になります。運指を考えて書くのは大変な作業ですから、やはりかなり時間がかかったとのお話でした。
駅前のレストランで食べたランチもおいしかったし、とても楽しい一日でした!
連休に訪れた「あずみの公園」のチューリップ。まだ八重桜が咲いていました。
これは玄向寺の牡丹です。信州の花の季節は本当に美しいですね。
5月1日にキッセイ文化ホール全館で、松本ピアノ協会主催のイベント「ジュニアピアニスト・アワード」「みんなdeショパン・ラソン」「奥井紫麻ピアノリサイタル」を行ないました。
「ジュニアピアニスト・アワード」は、予選審査を通過した10名のジュニアが大ホールで演奏し、3名の審査員がそれぞれに各賞を授与します。
3名の審査員は、ピアニストの山本貴志氏、桐朋学園大学特任教授の玉置善己先生、昭和音楽大学客員教授の奥村晃博先生です。
10名のジュニアは、のびのびとした素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
大ホールでスタインウェイのフルコンが弾けるのも滅多に無い機会ですね。
審査員の先生方が皆さんにふさわしい賞を熟考して下さり、それぞれに賞状が贈られました。
ゲスト演奏家の奥井しおさんの演奏は、17才とは思えない豊かな感性と、確かなテクニックで聴衆を魅了しました。
最後にみんなで記念撮影です。
ショパンマラソンも毎年大人気で、今年は何と申し込みがわずか1日で埋まってしまいました。
出演できなかった方は、動画で参加して下さいました。
ぜひ動画をご覧ください。
5月1日にキッセイ文化ホールで、ショパンマラソンとジュニアピアニストアワード、そして奥井紫麻(おくいしお)さんのコンサートを開催します。
毎年恒例のショパンマラソンは大人気で、なんと申し込み初日の3月1日午後には定員一杯になるという盛況ぶりです。当日演奏以外の方にも、動画で参加していただきます。
前回延期となったジュニアピアニスト・アワードを3年ぶりに開催致します。
予選は動画審査で、合格した十名のジュニアが5月1日に大ホールで演奏します。
最後は十七歳のピアニスト・奥井紫麻さんのコンサートです。
曲目は、スクリャービンの幻想曲と12のエチュードより、ラフマニノフのソナタ2番、ショパンの24のプレリュードを予定しております。
5月1日はぜひキッセイ文化ホールへお越しください!
長野市にお住まいのショパンコンクール4位の覇者、ピアニストの山本貴志先生のオンラインレッスンを、3名の生徒さんが受講しました。
オールショパンの曲目で、ポーランドで学んだショパンの詳細な解釈を惜しげもなく教えて下さいました。山本先生のおっしゃることは、どれも音楽的に納得できることばかりで、私も大変勉強になりました。
どうもありがとうございます!!
オンラインはズームも試しましたがピアノの音が割れてしまい、結局iPhonのフェイスタイムが良いということに落ち着きました。おそるべしiPhonですね!
コロナになってオンラインレッスンができるようになったことは、本当に良かったと皆さんが頷いています。コロナの功罪ですね。
11月に東京で行なわれた「ラフマニノフ国際ピアノコンクール」の全国大会で、中学1年の稲田さんが2位になり、各部門で1名に贈られる「ラフマニノフ賞」をいただきました。
おめでとうございます!!
https://mgpress.jp/2021/12/11/%E4%B8%89%E9%83%B7%E4%B8%AD%E3%81%AE%E7%A8%B2%E7%94%B0%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%82%93%E3%80%80%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%8E%E3%83%95%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E3%83%94%E3%82%A2/
ワルシャワのショパンコンクールが終わりました。
前回は現地へ行ったのですが、今回はネットでリアルタイムで鑑賞しました。
時差があるので、演奏が深夜に及ぶため、寝不足でフラフラの日々でした。
深夜にヘッドホンで視聴し、演奏が終わると一人で拍手するという異様な風景でしたが、日本とポーランドに同時に暮らしているような日々も終わり、これでやっと夜に寝られるかなというところ。
今回は日本人の活躍も素晴らしく、2位の反田恭平さん、4位の小林愛実さんは歴史に残る快挙、おめでとうございます!!
牛田智大さんは、いつになく精彩に欠ける、指のコントロールミスもありましたが、それは何と、ショパンに近づくために8キロも減量したためと判明しました。研究熱心なのは偉いですが、大きなコンクール直前に激ヤセするのは無謀ですよ~。また次回に期待しております!
東大出身の角野隼人さんも、軽快で鮮やかな演奏に魅了されました。ルイサダさんに師事しているそうですね。
スペインのガルシア・ガルシアさんは、ワルツやマズルカのリズムが絶妙で、とても楽しいショパンでした。個性的なので得点はどうかな?と思いましたが、3位で納得です。
反田恭平さんが演奏を終えて、ステージから戻った時、ヤシンスキー先生がいらして反田さんとハグしていました。ヤシンスキー先生のお元気な姿が見られて嬉しく思います。
ショパンコンクールは、最もショパンらしい演奏者を選ぶわけですが、何がショパンらしいかについては、審査員の考えも一人ずつ違い、意見が分かれることと思います。
ショパン自身からリストがきいた話が伝わっており、ショパンは「大きな熱狂よりも、繊細な共感を求めた」のですから、やはり壮大な力強い演奏よりも、優しく繊細な表現に惹かれます。
近年は、大きなコンサートホールで何千人の聴衆に聴かせる方向へ来てしまったので、その反動として、ピリオド楽器(作曲当時の時代の楽器)によるショパンコンクールも始まったのですね。
とにかく、世界の素晴らしい若者たちの活躍からは目が離せません。
これからの更なる成長に期待しております!!
どうもお疲れさまでした!!
桐朋学園大学特任講師の楠原祥子先生の、オンラインレッスンを行ないました。
曲目はショパンのバラード、ワルツ、マズルカです。
楠原先生は、エキエル版のバラードの日本語訳をなさったので、ぜひバラードをお願いしたいと思っていました。エキエル版を見ると、いかにショパンが様々なアイディアの中から、最善の音をひとつひとつ選んで練り上げていったかがわかります。
楠原先生のレッスンも、細部まで一つの音もおろそかにしない姿勢が感じられ、さらに全体を一つにまとめ上げていく方向を学ぶことができます。
コロナ下でも、東京在住の先生のレッスンが受けられるのですから、かえって良かったことの一つになりますね。
ズームで行なったところ、時々音声が弱くなることがあり、ピアノの音も劣化してしまいます。
音質が良いのは、
フェイスタイム
スカイプ
ズーム
の順ではないかと思います。
受講した生徒さんは良く復習をして、今後受講したい生徒さんは、よく準備をしておいてくださいね!
オンラインでつながる音楽の輪。うれしいものです!
美ヶ原高原美術館が開設されて40周年記念で、ピアノが常設されました。
その記念イベントに、こまくさ音楽教室の飯沼先生や、ムーサ ピアノスクールの生徒さんが招かれて演奏しました。
台風一過の晴れ渡る空の下、大自然の中で音楽を奏でることができました。
紫外線が差良いので、帽子とサングラスは必携です。
浅間山から北信五岳、北アルプスまでの大パノラマは、まさに絶景ですし、澄み渡る空気も清々しく、燦燦と降り注ぐ陽光を浴びながら、のびのびと演奏してくれました!
2000メートル近い標高なので、ストリートピアノとしては日本で最も高い地点にあるのではないかと思います。高地トレーニングにもなります!
美ヶ原高原美術館のピアノは、来館者は誰でも弾くことができます。(普段は館内にあります)
かわいい絵が描かれた白いピアノです。
どうぞお楽しみください!
広々~~~
『「ピアノを習ってます」は武器になる』のご紹介です。
ピアノを習うことはAI時代最強の子育て戦略だという本です。
著者は名古屋芸術大学教授の大内孝夫氏。
子供の頃からピアノを習うと、脳の刺激になり、将来に良いことが沢山あるという内容なので、ざっとご紹介します。
◯音楽は脳を刺激し、お子さんの成長を促します。その効果は、ただ聴くだけより、演奏する方が圧倒的に高い。
◯10本の指を満遍なく使うことは、脳の発達にとって非常に重要。
◯幼少期でないと伸びない力を養うことができます。
絶対音感の獲得や、指の器用さの発達。目で楽譜を追いながら左右の手を使うのに必要な「脳梁」や、脳と手指の動きをつなぐ「錐体路」などは7才頃までに発達します。
◯レベルの高い学校の受験者のうち、合格者はピアノを習っている子が多い。例えば東大合格人数日本一の開成中学・高校では、クラスの人数分の電子ピアノが用意され、授業で全員が弾いている。
◯音楽教育は発話の認知と読解力を高める。
楽器演奏には、語学習得能力を高める効果があ
◯進学校ほど音楽に力を入れている。
◯ピアノのレッスンを受けた子供の方が、手指を動かす脳の部位の体積が大きくなり、脳の右と左で情報をゆりとりする脳梁の体積も大きくなっている。
◯音楽のレッスンを受けた子供は、わずか20日間でIQが高まり、その上昇率は視覚芸術(絵画・彫刻・写真など)の授業を受けた子供の5倍にもなりました。
◯極力ピアノを中断せず、受験後も早くピアノを再開する生徒さんの方が、有名中学・高校への合格率が高い。
◯ピアノを習っている子は、積み重ねの大切さを知っている。
◯ピアノを習っていれば集中力が身につく。
⭐︎結論として、「音楽やピアノは脳に良い」と言うことができます。
これだけでも驚きですが、まだまだあります。
◯ピアノは子供の「非認知能力を鍛える」
非認知能力とは
・ コミュニケーション力 / 礼儀正しさ・言葉使い
・ 意欲・計画性(興味を持って学ぶことで意欲が増す・発表会などに向けて計画的に練習する)
・ 持続力・集中力
・ 緊張・ストレスへの耐性、自制心(発表会やコンクールで)
・ 問題解決力・克服力(はじめは弾けない曲でも、どうしたら弾けるか考える。それをやり遂げる)
・ 自己肯定感(やればできる!)
・ 想像力・創造性(作曲家が伝えたいことを想像する。自分でも創作する)
・ 感受性(様々な曲の演奏を通じ、美しさ、明暗、喜怒哀楽などに敏感になる)
・ 表現力(微妙なニュアンスを表現する)
・ マルチタスク力(10本の指と足を動かしながら、目で楽譜を追い、耳で聴く)
・ バランス感覚(左右の手のバランスから曲全体のバランスについて考えので、思考や判断の際バランス感覚が持てる)
・ 共感力/ダイバーシティ性(音楽は世界の共通語なので、国籍や人種、宗教などの違いも認め合えるようになる。最近の企業研修で盛んに行われているダイバーシティ教育は、ピアノを習っている子供には必要ない)
⭐︎ピアノを習っていると、こんなに沢山良いことがあるのですね!
そして最後に、音楽はリズム、メロディー、ハーモニー、テンポ、テクニック、雰囲気などが統合されて成立していますので、音楽が他の分野と結びつくことで、さらに新たな価値が生み出されることが期待されています。
音楽にはこれまで想像もつかなかったイノベーション(技術革新・新たな価値創造)を生み出す力があるということになります。
音楽には無限の可能性が有る、と言っては言い過ぎでしょうか?
音楽によって養われた想像力を羽ばたかせるのも良いのではないでしょうか。
ピアノ教室の近くに、ヴァイオリンの教室があり、そこで「ニッケルハルパ」というフィンランドの民族楽器の演奏がありました。
写真の公開は不可なので、ネットからの写真です。
短い弓で演奏するヴァイオリンの仲間ですが、弦は12本あります。
演奏するのは4本だけで、あとは共鳴弦になり、胴体の共鳴とともに心地よい余韻を作り出します。
特徴的なのは、タンジェントという弦を押さえる装置で音の高さを変化させること。
つまり擦弦楽器でありながら、鍵盤楽器でもあるという、珍しい作りになっています。
ヴァイオリンとピアノのハーフといったところですね。
音楽は3拍子が多く、タンタ・タンタというリズムを足で刻みます。
靴音が打楽器になっているのですね。
身近なところで、こんな素敵な楽器の演奏に触れられて楽しいです!
馬に乗って野山を歩きたいというのが長年の夢でしたが、ついに実現しました!
北杜市のサニーフィールドというところで、馬場内ではなく外乗りができることがわかり、早速予約。
1時間ほど路上や森林の中で乗馬しました。
このジェイくんという馬です。おとなしくて優しい馬です。
乗馬の経験は、18才ぐらいの時に3回ほど乗ったことがあるだけなので、何十年ぶりです。
それでも基本を復習させていただくと、すぐに一人で乗ることができました。
何でも経験としてやっておくといいですね!
森の中を抜けて、甲斐駒ケ岳が見えるところまで行きました。
途中、ジェイくんが道の脇に生えている草を食べたがるので、引き止めるのに苦労しました。
馬は人間の3~4才の知能があるそうです。小さい子どものようで可愛いです。
馬に乗ることは、音楽好きな方にはおすすめです。
なぜなら、人間が馬に乗っていたのは自動車の時代よりずっと長く、音楽の中に馬の足の運びのリズムが沢山入っているからです。
バッカパッカと揺られたり、パカパッパカパッとリズムを取ったりして気持ちが良いものです。
ロッシーニの「ウィリアム・テル序曲」など、まさに馬の足音で始まりますね。
帰りに、隣りに「ハイジの村」があることに気づき、ちょうどバラの季節なので、バラを眺めました。
梅雨前の、貴重な休日でした。
ショパンマラソン2021を開催しました。
毎年大人気の企画ですが、昨年はコロナのために残念ながら中止。
今年はできる限りの感染対策を行ないながら、実施することができました。
入り口には大きなプログラムが掲示されています。
今年は初めてYouTubeチャンネルを開設し、動画参加ができるようになりました。
会場で参加者の動画を公開しています。
いよいよ本番です。今年も70名の参加がありました。
緊急事態宣言が発令されている地域の方は、動画参加に切り替えていただき、申し訳ありませんでした。
演奏者の方たちの意欲と行動力もすばらしいですが、舞台裏でコンサートを支えるスタッフの皆さんの、音楽に対する献身に感動します。
スタッフはピアニスト、ピアノ教師、参加者の保護者から構成されており、これだけ多数のピアノ関係者が一同に会するのは非常に珍しいことです。
舞台袖のスタッフと、演奏の順番を待つ参加者の皆さん。
緊張と感動と喜びが渦巻いています。
皆様、本当にお疲れさまでした。
すばらしい一日をありがとうございます!!
コロナ下ではありますが、これからも何とか間隙を縫って、できることをやり続けていきます!
ガトーフェスタハラダのラスクはご存じでしょうか?
ガトーハラダはお菓子の会社ですが、音楽に対する支援が厚く、音楽家を援助して下さっています。
高崎の本社で金子三勇士さんのコンサートがあり、生徒さんも出演するため応援に行ってきました。
長野から新幹線に乗り換え、湘南新宿ラインで高崎から2駅で下車、中山道沿いに15分ぐらい歩きました。群馬県は初めてです!
全国に展開するガトーハラダの本社はご覧のような立派な建物で、イベントスペースにピアノがあり、2ヶ月に一度ぐらいコンサートが開かれています。
ショップには様々な種類のラスクとチョコレートが並び、皆さん夢中になって品定めしています。
コンサートの初めに、昨年のコンクールで選ばれた3人の子供たちが演奏。
生徒さんはショパンのワルツ5番と、バルトークの「2つのルーマニア舞曲」から1番を演奏しました。
ヨーロッパでの演奏経験もあるため、流麗でありながら迫力のある堂々とした演奏でした!
コンサートの写真は撮れないので残念。(当たり前ですが)
子供たちの次に金子三勇士さんの演奏です。
昨年からの自粛期間中に、金子さんはバッハを沢山勉強され、ユーチューブにも上げています。
何があろうとも、少しも時間を無駄にしない姿勢はすばらしいと思います。
演奏の合間にして下さるお話も面白く、リストが沢山の編曲作品を作ったのは、テレビもインターネットもない時代に、王侯貴族ではない人たちも対象に、多くの人に音楽を届けるため、自分のピアノを各地に運びながら、一人でオーケストラやオペラを演奏するためだったという話には感動しました!
なるほど、そうだったんですね!
金子三勇士さんが常に音楽のために努力を惜しまない生き方をなさっている背後には、そのような大先輩リストの姿があったというわけですね。
バッハのインベンションの1番から始まって、数々の名曲が並び、最後はなんとベートーヴェンの第九の四楽章! リスト編曲ですが、合唱部には手が足りず、金子さん自らの編曲も加わっているそうです。
金子さんの、足を踏み鳴らすような独特の演奏法に、この曲はぴったりです。
私もこの曲は暗譜でオーケストラと一緒に歌ったことがあるので、その時の感動が甦りました。
自粛期間中でも、この大曲をつくりあげた金子三勇士さんに大きな拍手を贈ります!
演奏後の皆さんのお姿は神々しいです。
おめでとうございます!!
ハンガリーはリストやバルトークなど、偉大な音楽家を輩出しています。
ハンガリーの音楽を愛好する日本人も多く、じつはハンガリーと日本には似ているところがあると言われています。
たとえばハンガリーはヨーロッパでありながら、名前が日本と同じ姓・名の順ですし、言葉に「てにおは」に当たるものがあり、また温泉大国でもあり、極め付けは赤ちゃんに「蒙古斑」があることです!
ハンガリー人の先祖であるマジャール人は、ウラル山脈の中南部の草原で遊牧生活をしていました。ウラル山脈はユーラシア大陸をアジアとヨーロッパに分ける山脈で、現在のロシアからカザフスタン(中央アジア)にかけての地域になります。
ハンガリー人の祖先は中央アジアのモンゴル系遊牧民であったといわれる由縁です。
一方、日本人の先祖には中央アジアやモンゴルの大草原の人々も含まれていますから(1%)、ハンガリーと日本の先祖に共通する部分があったということになります。
勢い、「日洪同祖論」なども飛び出すわけですが、これは俗説と言われています。
また「汎ツラニズム」という考え方があり、これは中央アジアを起源とする民族の民族的・文化的統一を主張する動きのことです。ツランとは、ペルシャ語で「中央アジア」のこと。
ツラニズムの範囲には諸説ありますが、ハンガリーと日本もツラン系民族に含まれていますから、広い意味ではハンガリーと日本はツランの仲間ということになります。
私たちがハンガリーの音楽に共感や郷愁を覚えるのは、じつに広大なユーラシアの先祖の交流があったということなのですね!
遠いようで実は近いハンガリー。
現在のハンガリー人は、ヨーロッパでの混血が進んで、外見は白人のようですが、じつはヨーロッパの中でハンガリーはアジアの要素が強く、かなり特殊な存在になります。
ハンガリーの先祖は馬に乗っていたので、日本とはかなり違うのではないかと思っていましたが、日本もユーラシアからもたらされた馬に古代から親しんでおり、信濃や甲斐も良い馬の生産地として飛鳥時代から注目されていました。
音楽の中に頻繁に聞こえる馬の足音が、遠くの先祖をつないでいる印(しるし)なのかもしれません。
ぜひハンガリーの音楽をきいてみて下さいね!
六年生の稲田つづるさんが、昨年12月に「日本クラシック音楽コンクール」の全国大会で、1位・2位なしの3位を受賞しました。
続いて2021年1月に、ショパン国際ピアノコンクールinASIAのアジア大会(ファイナル)で、金賞を受賞しました。
おめでとうございます!!
ショパン国際コンクール・アジア大会の演奏は、動画が公開されています。
https://www.chopin-asia.com/edition/22nd/results/22nd_prizewinners_jp.pdf
こちらからご覧になれます。
新聞社の取材に答える稲田さん。
お花を置いておきますね。
ついでに、最近お教室に来た妖精さんも。
プロコフィエフは文学が好きで、自分で小説も書いていました。
この小説は21世紀になって、はじめて存在がわかり、日本語訳の「プロコフィエフ短編集」が2009年に発行されています。
読んでみると、本当に文章が上手く、プロの作家が書いたものと言われれば、そうかと思ってしまいます。作曲家は多才な人が多く、ショパンやメンデルスゾーンも絵が上手でしたし、ハチャトゥリアンは演劇が好きで役者になりたかったと言っています。
プロコフィエフの音楽作品同様、「ふつうに良いものは書きたくなかった」とのことで、かなりの皮肉や斜めの視線が感じられますが、執筆された当時はロシア革命後の混乱の時期で、より良い環境を求めてアメリカへ向かう長旅の途中です。精神状態も決して穏やかではなかったでしょう。
独自の発想が面白く、エッフェル塔が突然歩き始めたり、キノコの地下王国に少女が迷い込んだり、ニュヨークに蘇ったエジプトの王と石油王の対話など、ユニークな世界に誘われます。
アメリカへ行く途中に経由した日本で2ヶ月も足止めをくらい、日本の滞在記をしたためているところも興味深く、戦前の日本の様子を窺い知ることができます。
東京、横浜、京都、軽井沢などを訪れたプロコフィエフが、当時の印象を語りますが、日本についてはかなり良い思いを抱いていたようです。出版に際して編集されていなければの話ですが。
興味のある方はご一読ください。
今年のコンクールは、例年通りに実行されたものもありましたが、中止になったものもあり、また録画審査に変更されたコンクールもありました。
ピティナに次ぐ大規模コンクールの全国大会のため、録画審査で臨む生徒さんを応援するため、録画会場へ行ってきました。
すでに雪化粧をした朝の北アルプスのに簡単しながら県道を北上し、ホールに着くと、すでに生徒さんが録画の最中でした。
ホールで聴く生徒さんの演奏は、常にも増して美しく響き、うっとりしながらも2・3アドバイスし、あとは生徒さんの創造力に任せます。なかなか良い録画ができたと思います。後は結果を楽しみに待つばかりです。
入念に最終チェック。
そして本番!
帰りに近くの猫カフェに立ち寄りました。「ねこの森」です。
手前は保護猫だったソルト(白猫)と、スミオ(黒猫)、
台の上にいめのはラグドールのモカです。大きくて7キロもあります。
ラグドールは長毛ですが、毛が固まらないそうです。
ペルシャは毛が固まりやすいので、ラグドールの特性に驚き!
小倉貴久子さんのコンサートに行ってきました。
久々の東京です。上野駅公園口を降りると、横断歩道と信号が無くなり、歩きやすくなっていました。
「フォルテピアノの世界」シリーズの第一回はベートーヴェンです。
ベートーヴェンの音楽はピアノの発達と共に変化、発展していくのですが、それはただピアノを受け取っていたのではなく、製作者と常に関わりながら、ベートーヴェンの助言によってピアノが発達して行ったことがよくわかりました。
ベートーヴェンが初期、中期、後期に使用していたピアノを再現してステージに3台並べ、それぞれの時代のピアノソナタを演奏するという、何とも贅沢なコンサートです。
ベートーヴェンは初めチェンバロからスタートして、ウィーンにデビューしてからはヴァルターのピアノを愛用していました。その頃に作曲されたソナタ ヘ短調 作品2-1。
現代のピアノよりも軽やかで爽やかな音色です。若々しく生命感のある演奏が当時を彷彿とさせます。
このヴァルターは松本にも来てくれたことがあります!(ウィーン 1795復元楽器)
中期の代表は「熱情ソナタ」ヘ短調 作品57
全楽章に渡って緻密に構築された「熱情」は非常に完成度が高く、ベートーヴェンの最高傑作とされています。大変情熱的でエネルギッシュ、大胆で斬新な作品が生まれたのは、当時ベートーヴェンがヨゼフィーネという貴族の令嬢と相思相愛だったからなのですって。
演奏はイギリスのブロードウッド。(ロンドン 1800年)
ヴァルターよりかなり大型になり、音量も増して、表現が多彩になります。
現代のピアノに比べると音の響きは強くはありませんが、比べようのない繊細な美しさがあります。ベートーヴェンが求めていた世界を知ることができる貴重な機会となりました。
後期の代表は「ハンマークラヴィーア ソナタ」変ロ長調 作品106
これは最も長大なソナタで、50分近くかかります。演奏するのも大変ですが、聴く方も長い旅に出るようなものです。
ベートーヴェンがバッハやヘンデルの研究をもとに、バロックの伝統的な音楽を新しいものとして作り直し、前人未到の音楽を創造しようとしたものです。4楽章はフーガになっています。
1~2楽章はウィーンのピアノで作曲していましたが、途中でイギリスの6オクターブのブロードウッドが贈られてきたため、1~2楽章と3~4楽章では音域が違っており、当時のピアノでは全楽章を一台のピアノで弾くことはできなかったそうです。
コンサートでは6オクターブ半のシュトライヒャーで演奏されました。
ダイナミックでありながら、繊細なイントネーションが可能なピアノです。(ウィーン 1845)
一晩でベートーヴェンの3つの時代、それぞれの時代の3台のピアノを堪能できるという、稀に見る貴重な体験をさせていただきました。
小倉貴久子さんは「このプログラムは正気の沙汰ではない」と言われたそうです。2時間を超えるプログラムを立派に終えられて、本当にすばらしい演奏でした!!
ご招待いただき、どうもありがとうございます。コロナ禍での開催をありがとうございます。
壮観です。手前がヴァルター。
クラシック音楽コンクール本選の審査員をつとめ、50人の審査を致しました。
50人の演奏を集中して聴き、講評を書いて採点をするというのは、なかなか大変な作業ではあります。
でも小学生から大人までの皆さんの、音楽愛あふれる真剣な演奏を聴いて、こちらも全力で応えさせていただきました。
可愛らしい小学生の演奏から、なかなか立派な高校生の演奏、そして忙しい社会人でありながら音楽を続けていらっしゃる大人の方まで、それぞれに個性あふれる自由な演奏を聴かせて下さいました。
結果はどうあれ、全員が音楽に向き合う姿勢はすばらしいものだと思います。
今回の会場は、まつもと市民芸術館の主ホールという大会場です!
サイトウ・キネン・フェスティバルの仕事をしていた時によく来ていたので、なつかしく思いました。
楽屋もこんなふうにきれいです。
右側のドアの中が大きな楽屋。オペラの時は衣装がずらりと並びます。
主ホール楽屋入り口です。公演後にサインなどをするところ。
ここへ来るといつも思ってしまいます。
右は「じょうず」、左は「へた」。 う~ん、右へ行きましょう。
ムーサ ピアノスクールの生徒さんが2名、本選に合格しました!
12月の全国大会へ進みます。
モーツァルトの音楽は健康に良いと、よく言われますが、「自律神経を整え」「免疫を高める」と新聞に載っていました。
埼玉医科大学名誉教授の和合治久氏によると、モーツァルトには4000ヘルツ以上の高周波音と、心地よく感じられる和音が豊富に含まれており、背骨から副交感神経の出口となるところはちょうど4000ヘルツ前後が対応しているそうです。
モーツァルトを30分聴いた時の結果、次のようなことがわかりました。
・唾液の分泌量が増加
・手の甲の表面温度が上昇
・消化酵素の唾液アミラーゼが増加
・唾液に含まれる免疫物質が増加
・血液中のリンパ球が増加
・ストレスホルモンが減少
・運動後の血圧低下が早くなる
モーツァルトを聴くと、免疫を高め、副交感神経にスイッチが入って体温が高くなる、唾液がよく出るようになる、血圧が安定する、認知症予防につながることがわかっています。
生演奏が最も効果的とされますが、もちろんCDを聴いても効果があります。
皆さま、モーツァルトを弾きましょう! 聴きましょう!
ハーモニーホールのピアノの弾き込みを行ないました。
ピアノのアクション(音を出す装置)は、いつも動かしていないと調子が悪くなってしまい、音も変化してしまうので、定期的に演奏して動かす必要があります。
とくに今年はコロナの影響で、2月からコンサートの中止が続いたので、半年間全く演奏されることがありませんでした。
かわいそうなスタインウェイに触れてみると、ちょっと眠そうですが、だんだん本領発揮で味わいが出てきました。
弾き込みは4時間半2回で、合計9時間弾きました。
はじめはそんなに弾けるのかなと思いましたが、弾いているとすぐに時間が経ってしまいます。
バッハから始まり、モーツァルトとベートーヴェンのソナタを弾くと、ソナタは1曲30分ぐらいかかってしまいますから、すぐに2時間ぐらい経過してしまいます。
もっと他の曲を弾かなくてはと、ショパンやドビュッシーを弾きます。
細かい動きの状態を確認した後は、大音響も鳴らしてみましょうということで、バッハ=ブゾーニの「シャコンヌ」や「展覧会の絵」を弾いてみると、スタインウェイのすばらしい能力全開で重厚な音色がホール全体に響き渡り、ステージの床も振動しています。
強大な音量や実際の振動から、豊かな倍音に包まれると、呆然とするほどの感動に襲われます。自演で感動するのですから、お手軽なものです。
世の有名ピアニストたちも、絶対に自分の演奏に感動していると思います!
超絶に難しい曲や、激しく盛り上がる曲もいいですが、私が好きな曲は天上的な響きがする曲。
バッハで宇宙へ旅し、モーツァルトで天空を飛びます。
バッハの曲は全て好きですが、この頃のお気に入りはカンタータ「羊は安らかに草を食み」で、今年90代で亡くなったレオン・フィッシャーの演奏は最高でした。
バッハは「平均律」から「ゴールドベルク変奏曲」や「フーガの技法」まで毎日必ずどれかを弾いています。バッハを弾かないと、何か落ち着かない感じがします。
モーツァルトの音楽は、やはり地上よりも浮いたところにあります。ソナタは全曲弾いたことがありますが、とくに好きなのはソナタ5番の3楽章の第11変奏で、まさに天の調べです。
ベートーヴェンの「ワルトシュタイン」の最後のコーダも好きです。この天上の音楽に到達するために、1楽章から延々と弾くというのが良いのですね。
ショパンの「舟歌」の最後も飛びます。
ラヴェルの「鐘の鳴る谷」も天使の風が吹き渡るようですね。
あと最近弾いていたのは、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」のピアノソロ版や、ラヴェルのト長調のコンチェルトの2楽章など。
今は、昔コンサートで弾いたことのあるシューマンの「謝肉祭」を弾いてみたりしています。35ページぐらいありますが、昔は長いとも思わなかったし、暗譜するのも簡単でしたから、若いってことはすごいなあと思います。
とにかく名曲は山のようにありますし、弾いても弾いてもまだ弾いていない曲があります。
これほどの人類の遺産を作ってくれた作曲家たちに感謝です!!
こうやって音楽に浸れる環境をありがたく思います!
ムーサ ピアノスクールと こまくさ音楽教室の発表会を行ないました。
朝から夜までのマラソンコンサートです。
今年は感染症対策のため、少人数のグループごとに分け、演奏中以外はマスク着用、当日の体温測定、演奏前後の手指消毒を行ないました。長野県以外の方は入場できなかったことを大変申し訳なく思います。
今年は学校の長い休みがあり、自粛生活が続いたので、久しぶりの発表の機会を皆さんが喜んで下さったようです。
いつもは個人レッスンを行なっているだけなので、例年より少ない人数のグループとはいえ、こんなに沢山の人が集まったのは久しぶりでした!
マスクをしながらですが、生の演奏を聴けたのは本当に良かったですね!
自粛生活とはいえ、子供さんは日々成長しています。
1年ぶりの皆さんの成長がわかり、とても嬉しく思いました。
どんな時でも、人間にとって 音楽はなくてはならないもの!
今年はそれをますます思い知らされた年でもありました。
私たちは音楽の灯火を守り続けます!
みんな美しくて天使のようです。男子もりりしくて王子様のようです。
情熱的な演奏を聴かせてくれます。
「花のワルツ」でお花の妖精になったようです。
クールなジャズのトリオです。
3月7日の美術館コンサートは中止になりましたが、コンサートのために準備していた「デュフィと音楽」の関わりについて、ここに載せておきます。
デュフィは音楽に関する絵画が多く、絵をスクリーンに投影しながら演奏する予定でしたので、そのための解説をメモしたものです。
モーツァルトに捧ぐ
<デュフィと音楽> 2020年3月7日 松本市美術館コンサート
ラウル・デュフィ(1877〜1953)は、マチスと共にフォービズム(野獣派)の一員とされます。
デュフィの家族には音楽家が多く、父はアマチュアの教会の指揮者兼オルガニストであり、母はヴァイオリニストでした。兄弟のうち二人は音楽家となり、ピアノとフルートを演奏しました。
そのような環境で育ったため、デュフィの絵画には音楽を題材にしたものが多数存在します。また絵画、版画の他、テキスタイルのデザインやジャン・コクトーの舞台デザインも行なっています。
パリでの友人関係には、ピカソ、マチス、シャガール、ブラック等がいました。
◎デュフィが描いた音楽家たち。
▶︎バッハ(1685〜1750)
・バッハの音楽は絵画的というよりは数学的、幾何学的であり、メビウスの帯やクラインの壷のような音楽や、射影平面の音楽があるとされます。
(射影平面とは、2次元に無限遠点が追加され、通常は交わらない平行線が無限遠点で交点を持つ)
・ バッハの孫ヨハン・セバスティアン・バッハは画家になり、風景や人物、歴史、神話の世界などを描きました。作品は現存しています。
・ バロック時代の美術は、ギリシア神話や聖人、王侯貴族の肖像画等が中心でした。カラヴァッジョ、エル・グレコ、ベラスケス、ルーベンス、レンブラントなどがいます。
・ 1710〜60年はロココ時代。
▶︎モーツァルト(1756〜1791)
・ モーツァルトの言葉。「私は見事な絵画や美しい彫刻を見るように、一目でその曲を見渡すことができます。」
▶︎フォーレ(1845〜1924)
フォーレは直接デュフィとの関係があるかわかりませんが、孫のフォーレ・ハラダは日仏混血の画家でした。国籍は日本。母は日本人ピアニストです。日本とアメリカで暮らし、外国人に墨絵を教えました。
また、フォーレは後にドビュッシー夫人となったエンマ・バルダックと交際していたそうです。
▶︎ドビュッシー(1862〜1918)
・ ドビュッシーが生きた19世紀半ばから20世紀の初めは、音楽と美術や文学、舞台芸術などが互いに密接に関わり合った時代でした。美術や音楽にインスピレーションを受けた音楽が生まれ、また音楽に着想を得た多くの美術や文学作品が制作されました。
・ とくにドビュッシーと美術の関わりは深く、「音楽と同じくらい絵が好き」と語っていたほど。アンリ・ルロールやモーリス・ドニなどの交流のあった画家たちや、イギリスのラファエル前派の影響を受けて作曲しました。
ドビュッシーの音楽に影響を受けた画家も少なくありませんでした。
・ ドビュッシーの作品には「版画」や「管弦楽のための映像」など、視覚芸術的な標題を持つものがあり、またオーケストラ曲「海」の楽譜の表紙には、葛飾北斎の浮世絵「神奈川沖浪裏」が使われています。
・ ドビュッシーの「喜びの島」は、ルーブル美術館にあるヴァトーが1717年に描いた「シテール島への巡礼」に触発されて作曲されたものです。(シテール島とは、エーゲ海にあるヴィーナスの島)
・ ドビュッシーは、ドガ、ルノワール、モネ、ヴュイヤール、カミーユ・クローデル、モーリス・ドニ、ボナールらに大きな関心を持っていました。
・ ドビュッシーの眼は常に新しい芸術に向けられていて、それまでの音楽アカデミズムの枠を越えて、音楽に一大革新をもたらしました。そのための大きな刺激となったのは、同時代の絵画でした。
◎アポリネール(1980〜1918)
・ 初めは美術批評家として出発し、あらゆる前衛芸術に関わりを持ちました。ピカソやブラック、キリコなどを次々に世に紹介しました。
・ パリの芸術コミュニティで最も影響力のある芸術家であり、詩・小説・演劇を横断して、近代詩から現代詩の方向を決定付けました。
・ キュビズムやシュルレアリズムという用語を作り、運動を擁護しました。
・ マリー・ローランサンと交際していた時期があり、二人の絵をアンリ・ルソーが描いています。マリーは彼にとって愛と芸術の女神でした。
・ アポリネールの結婚式にはピカソも出席しました。
「動物詩集」を書くきっかけは、ピカソの木版画でした。
・ ローマ生まれ。父はイタリア貴族で、母はポーランドの貴族出身です。
・ この時代に、アポリネールが果たした役割は絶大でした!!
2月9日に、ワルツの体験講座を行ないます。
ワルツを弾いたことがある、弾いている人は多いのですが、ワルツを踊っている人を見たことがない、自分も踊ったことがない、という人も沢山います。
そこでワルツを実際に踊ってみる講座を企画しました。
子供さんも大人も、どなたでもご参加可能です!
参加費五百円で、保護者の方は無料です。
2月9日の午後1時~2時半まで、島立公民館。
すべりやすい靴をお持ちください。上履き可。なければ靴下でも大丈夫です。
寒い日々ですが、踊れば暖かくなること請け合いです。
ダンスの先生が、楽しく踊っていただけますようお待ちしております!
お申し込みは「こまくさ音楽教室」へどうぞ。
12月に宮入柚子さんのサロンコンサートを行ないました。
宮入さんはポーランドでショパン大学の研究科を修了され、現在はベルギーのブリュッセル王立音楽院で学んでいます。
イタリアのコンクールにも挑戦し、入賞を重ねていらっしゃいます。
そんな宮入さんの、磨きのかかった演奏を間近に聴くことができて、まさに王侯貴族になったような心境でした。
曲目はオールショパンの、バラード、スケルツォ、ノクターン、マズルカ、ソナタでした。
演奏後に皆さんでお茶を飲みながらお話をします。
やはりポーランドとベルギーでは、かなり演奏法が違い、苦心されているそうです。
ブリュッセル王立音楽院では、フランス語と英語の授業があり、フランス語を選択されたとのこと。
コンクールの時、オーケストラの団員が休憩時間にお酒を飲んでいるので驚いたとおっしゃるので、「コンクールの審査員もワインを飲んでいるでしょう?」と言うと、その通りだそうです。
日本と違って面白いですね!
これはコンサートが終わってから、生徒さんが弾いているところ。
良い演奏を聴くと、弾きたくなりますよね!
来年も1月に老人ホームのボランティア、2月にワルツを踊る講座を企画しています。
どうぞ皆様、ご参加ください!!
上野の西洋美術館で「ハプスブルグ展」を見ましたが、同時に「ゴシック写本の小宇宙」をやっていたので観覧しました。
これは医師の内藤裕史氏が、パリのセーヌ河畔のワゴン店から掘り出してコレクションされた希少な写本で、なんと十三~十四世紀の手書きの実物です。
昔はまだ印刷がなかったので、聖書などを全て手で筆写していたのですね。
もちろん楽譜も筆写でした。
私もセーヌ河畔のワゴンで十八世紀のネウマ譜(昔の楽譜)を買ったことがあるので、とても興味深く拝見しました。この十八世紀のものは、額に入れて「こまくさ教室」に飾ってあります。
内藤氏のコレクションはカラーで、文字の装飾もとてもきれいです。
昔は文字や書物や楽譜をとても大切にしていたのですね。
上の方に四線の楽譜があります。
まだ音符は丸ではなく、四角いネウマです。
これがグレゴリオ聖歌です。
まだ私達が使っている5線の楽譜はなかったのですね!
こまくさ音楽教室と、ムーサ ピアノスクールの合同発表会を、音楽文化ホールのメインホールで行ないました!
会場は広いし、ステージも広い、ピアノもスタインウェイのフルコンサートグランドです!
このホールは音の響きが良く、世界最高の演奏家も訪れて、レコーディングにも使われている、みんなの憧れのホールです!!
年少さんから小学生の生徒さんたちも、がんばって弾きました!
パイプオルガンもあり、客席の端から見ると、こんなにステージが
大きく見えるのです。
演奏後は写真撮影のため、ロビーが混み合っています。
最後は恒例のジャズ・ピアノで盛り上がります。
午前10時から夜まで長時間の発表会でしたが、みんなとても一生懸命のすばらしい演奏でした!
こまくさ音楽教室の先生方も疲れを見せずに、とても温かくお世話をしてくれました。
私もヴァイオリン演奏の伴奏ができました。
皆様、本当にお疲れさまでした!
一年間の成果を実らせることができて、本当にうれしく思います!
10月22日に上高地から少し上がったところの「徳沢ロッジ」で、フルートとデュオのコンサートを行ないました。
今までに沢山のコンサートを行ないましたが、こんなに山の中で演奏したのは初めてです。標高1500メートルなので、下界とは違って、とても爽やかです。
台風が近づいて雨が心配されましたが、当日の午後にはすっかり晴れ渡り、遠方からのお客様もいらして下さいました。外は寒くても室内は暖かく、ホットなコンサートになりました。
翌朝は6時に起きて、アルプスの朝焼けを見に行きました。
以前から見たいと思っていた念願の「モルゲンロート」を目の当たりにすることができて、本当に嬉しく感激でした!!
下方の水にも「逆さモルゲンロート」が映っています。
帰りは徳沢から河童橋まで歩いて降りました。
ちょうど紅葉の季節を堪能することができました!
上高地は何回来てもすばらしい景勝地。
雲ひとつない晴天に恵まれました。
9月1日にピアノサロンで、大人の生徒さんたちによる「ピアノ・カフェ」を開きました。
皆さんが好きな曲や練習中の曲を持ち寄って、バッハ、ショパン、ブラームス、グラナドスなどを演奏しました。演奏の前に曲目解説をしていただいたことで、聴く側でも曲の理解が深まり、今まで知らなかった知識も得られました。
演奏後にテーブルを囲んで軽食を食べながらお喋り。音楽談義に花が咲いて、楽しい2時間半は、あっという間に過ぎてしまったのでした。
次はいよいよ11月の発表会ですが、また来年ピアノ・カフェを開きましょうというお約束をしました。
やはり音楽+飲食+お喋りは最高ですね!
最近、仲間になったイギリスのアンティーク椅子。
背もたれの木彫りは、ヘッペルホワイトという様式だそうです。
ハロッズの3階にピアノがあるという噂をきき、わざわざ行ってみました。
1階のインフォーメーションできいてみると、「ピアノを買いたいのですか?」ときかれ、いえ、あの、その、見たいのですがと、しどろもどろに。
3階には目当てのベヒシュタインはなくて、エーデルワイスという知らないピアノがありました。
エーデルワイスとはどこのピアノでしょう? ネットで探しても出てきません。
どなたかご存じの方は教えてください。
ヴィクトリア&アルバート博物館へ行きました。
ここにも古い楽器があります。
これはナショナル・ミュージアムで見た音楽の守護聖人セシリアです。
それからスイスへ行き、レマン湖のほとりで、しばしゆっくり過ごしました。
今年は本当にすばらしい夏休みを過ごすことができて、全てに感謝です!!
ロンドンの北へ地下鉄で1時間ぐらいのところにあるハムステッドの「フェントンハウス」を訪ねました。
フェントンハウスは古楽器の博物館ですが、素敵な建物で、お庭はイングリッシュガーデンになっています。
古楽器はほとんどチェンバロです。豪華な装飾は貴族の館にあったものですね。
こんなに珍しい楽器も。ネックが2本あります。
なんとメンデルスゾーンの自筆譜がありました。
ロンドンにはヘンデルが住んでいましたし、モーツァルトやショパンも訪れています。
やはりロンドンは古くから音楽のメッカだったのですね。
お庭は本物のイングリッシュガーデンで、左奥の白い家はメリー・ポピンズのお話に出てきますし、右側にはピーターパンの舞台になった家がありました。まさにイギリスですね!
室内の装飾が素敵です。カーテンとソファが同じ布地で統一されています。
8月にロンドンへ行ってきました。
ロンドンといえばこんな感じですね。
さっそく王立音楽院を訪ねましたが、ちょうど工事中で中へ入れず残念でした。
多くの優れた演奏家を輩出しており、日本からの留学生もいます。
王立音楽院の向かいに、ロイヤル・アルバート・ホールがあります。
1871年の開設以来、150年の間音楽やイベントが行われています。
キャパは8000人ぐらいで巨大です。
ボックス席ではお料理を注文して食べたり飲んだりすることができるので、上流階級の人は飲食しながら鑑賞を楽しんで来たのですね。
一般の人にとっても、コンサートは人付き合いの場となっており、開演前や幕間の食事を楽しんでいます。
夏にはプロムスという100年以上続いている、世界最大の音楽祭が街中で行われており、この日はシベリウスのシンフォニーと、ヴァイオリンコンチェルトを聴きました。
BBC交響楽団の演奏はなめらかで美しく、ハンガリーのヴァイオリニストも卓越したすばらしい演奏でした。海外のコンサートでいつも、音が軽やかで上に舞い上がっていく快感を覚えます。本当にここまで来たかいがありました!
驚いたのは、1階のアリーナは皆さん立ち見だということで、年配の方もずっと立ったまま聴いています。本当に皆さん音楽が大好きで熱心に聴いています。
ムーサ ピアノサロンのブログは、「こまくさ音楽教室」のブログと共通です。
こちらもご覧ください。
「こまくさ音楽教室とムーサ ピアノスクールの広場」
https://ameblo.jp/astarte78
「こまくさ音楽教室旧ブログ」もあります。
https://ameblo.jp/backtobach/